2026年3月3日火曜日

​「物理的暴力」と「情報的暴力」――イラン戦争が照らす表現の条件

2026年3月上旬、アメリカとイスラエルによる対イラン攻撃、そしてそれに対する報復の応酬によって、中東は深刻な武力衝突の局面に入っています。報道ベースでは、イラン国内の死者が500人を超え、戦闘の影響が複数国に波及していると伝えられています。


私は、いかなる殺人行為・殺戮行為(=戦争行為)も、非人道的な暴力として断固反対し、容認しません。その立場を明確にしたうえで、本稿では、この戦争が表現芸術にどのような影響を及ぼしているのかを整理します。


とくに焦点を当てたいのは、「物理的暴力」と「情報的暴力」が同時に進行している点です。


物理的暴力とは、空爆や攻撃、死傷、インフラ破壊など、身体や生活基盤に直接作用する暴力です。一方、情報的暴力とは、通信遮断、検閲や情報統制、偽情報やAI生成コンテンツの拡散、可視性の恣意的な操作など、「語る」「届ける」「知る」という条件そのものを壊す行為を指します。


戦争が始まるとき、破壊されるのは建物だけではありません。インターネット接続が制限され、通信が遮断され、外部に情報を届ける回路が細くなります。EUの制裁資料や官報文書からも、情報統制に関与する組織の存在が確認されています。沈黙は偶然ではなく、制度的に作られ得る状態です。


同時に、イラン国外、とりわけSNS空間では、別の現象が起きています。戦場関連の画像や映像の中に、AI生成画像や過去の映像、ビデオゲームの映像が混在し、それらが「いま起きている現実」として拡散される事例が報じられています。真実よりも先に、刺激的なビジュアルが広がる構図です。


この状況は、表現芸術に二重の圧力をかけます。


第一に、反戦や反暴力の立場からの表現は、慎重さや検証を必要とするため、制作に時間がかかります。説明が必要で、文脈が必要で、史料確認が必要です。しかし、プラットフォーム上では、速度と強度が可視性を左右します。遅い誠実さは、不利になりやすい構造に置かれています。


第二に、プラットフォームそのものが中立ではありません。YouTubeやTikTok、X、Instagramなどの巨大プラットフォームは、アルゴリズムや広告モデル、規約運用を通じて、「どの表現が見えるか」「どの言葉が伸びるか」を事実上選別します。文化産業のプラットフォーム化が進む中で、表現は作品内容だけでなく、収益化や可視性の条件にも強く影響されるようになっています。


ここで問題になるのは、「禁止」ではなく「不利」による統制です。


戦争行為を非人道的暴力として明確に否定し、国家や企業の利害を批判的に描く作品は、センシティブ扱いによる可視性の低下や、収益化停止のリスク、炎上や通報による制限など、不利益を被る可能性があります。誰かに「言ってはいけない」と命じられなくても、「言うと損をする」と感じた瞬間に、言葉は削られていきます。


その一方で、戦争を英雄物語やゲームのように消費するコンテンツは、短期的なエンゲージメントを得やすい構造にあります。ここに、倫理と収益の非対称性が生じます。暴力を否定する言葉ほど慎重で遅くなり、暴力をショー化する素材ほど拡散しやすい。この差が、表現の幅を静かに圧縮します。


さらに、戦争映像が日常的なタイムラインに流れ込むことで、人々は暴力表象に慣れていきます。AI生成物や誤情報が混ざることで、何が事実かを見極めること自体が疲労を伴う作業になります。疲労は沈黙を生みます。沈黙は、戦争を「どこかで起きている日常」にしてしまう危険があります。


このような環境のなかで、表現芸術はどこに立てばよいのでしょうか。


私は、少なくとも次の三点が重要だと考えます。


第一に、暴力を前提としない想像力を守ること。殺戮や策略を当然の前提としない物語や音、身体表現を粘り強くつくり続けることです。


第二に、プラットフォームとの距離を自覚すること。巨大プラットフォームの上で活動するにしても、そのアルゴリズムや収益構造を理解し、そこに完全に回収されない形式や言葉を模索する姿勢が必要です。


第三に、記録と証言の役割を手放さないこと。誰が沈黙させられているのか、何が見えなくされているのかを見つめ続けることは、派手ではなくとも重要な営みです。


戦争とプラットフォーム資本主義と国家利権が交差する時代において、表現芸術の条件は確実に厳しくなっています。しかし、だからこそ、殺さないこと、騙さないことを前提とした表現の可能性を諦めてはならないと考えます。


神宮前レコーディングスタジオでは、音や言葉がどのような環境の上に乗っているのかを常に意識しながら、制作と発信を行っています。詳細については、公式サイト(https://www.elekitel.net/)にも理念と活動内容を記しています。


戦争が常態化し、情報が歪む時代だからこそ、遅くても、確かめながら、誠実に表現すること。その姿勢を、手放さずに続けていきたいと思います。

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