ループ職人から意味付けの思想家へ
2025年の今、音楽制作のなかで最も早くAIに置き換えられた領域は「ビートメイキング」です。
メロディや歌詞よりも構造が明快で、リズムパターンやコード進行が確率的に再現しやすい。
そのため、AIにとってビートは「最も再現可能な音楽形式」となりました。
Suno、Udio、Mubertといった生成AIツールは、プロデューサーがDAWで構築してきた「拍と層の構造」を一瞬で模倣します。
その結果、かつて“ビートメイカー”と呼ばれた職能は、AIの学習データの延長線上に吸収されていきました。
しかしこれは、単にAIが人間の仕事を奪ったという話ではありません。
むしろ、「音を作る」という行為そのものの社会的な意味が変わり始めたということです。
ビート販売プラットフォーム(BeatStars、Airbitなど)では、2021年以降、個人制作者の平均売上が激減しています。
同じタグ(たとえば “Drake type beat”)の曲が毎日数百件も投稿され、広告を出しても埋もれてしまう。
供給過多、価格破壊、短尺文化の加速。
「1曲=価値」という概念は、すでに機能しなくなりました。
さらに、アーティスト自身が制作ソフトを扱うようになり、“ビートを買う”という文化自体が減少しています。
ビートメイカーという職能の縮小は、「ビートを通貨として売買する構造」が崩壊したことを示しています。
かつてビートは、作家の署名でした。
Dr. Dre、J Dilla、Nujabes。
名前を聞けば音が思い浮かぶ、そんな時代が確かにありました。
しかし2020年代半ば、SNS文化とAI生成環境はその意味を変えました。
いまのビートは “Nujabes type beat” “Metro Boomin type beat” といったタグによって模倣され、個性よりも「再現性」が評価される時代に入っています。
AIはその模倣を完璧に遂行し、「誰が作ったか」はもはや重要ではなくなりました。
AIによる自動生成は、楽曲制作の補助を超え、AIボーカル・AIミキシング・AIマスタリングまで連動する完全自動パイプラインを形づくりつつあります。
人間のビートメイカーは、作品を作る存在から、AIモデルを成長させるためのデータ提供者へと変わっていきました。
この転換こそが、ビートメイカーという職能の機能不全の本質です。
では、人間にしかできないこととは何でしょうか。
それは、音を作ることではなく、「音をどのように響かせるかを判断する力」です。
AIが生成したビートを前にして、「呼吸が浅い」「残響が硬い」「沈黙が足りない」と感じ取る感覚。
この微細な“身体知”の領域こそが、人間にしか持てない耳の働きです。
音を調整するのではなく、音と向き合う時間の重みを編集する。
そこに、エンジニアやアーティストの「魂を込める」行為が宿ります。
AI時代のビートメイカーは、もはやループ職人ではありません。
AIが作る音を社会と接続する“思想家”です。
音をキュレーションし、文脈をデザインする。
完璧な「素材(物)」を、聴き手に最も響く「物語(言語)」へと変換する。
AIが再現できないのは、「目的意識」や「問い」の部分です。
“なぜこの音を鳴らすのか”という理由の層にこそ、人間の意思と文化的責任が宿ります。
ビートメイカーの「消滅」は、終わりではなく進化です。
音を作る人間から、音に意味を与える人間へ。
録音技師や作曲家もまた、思想を持つ存在へと進化していく段階にあります。
AIが無数の音を生み出す世界のなかで、なお音に「静けさ」と「存在の重み」を見いだすこと。
それが、“ビートの再定義”であり、音楽の未来における人間の最後の居場所なのだと思います。
神宮前レコーディングスタジオ(Elekitel Project)
名古屋・神宮前駅 徒歩5分
公式サイト:https://www.elekitel.net/
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