音楽出版文化の崩壊と2025年の音楽の価値
―偶然性を失った音楽と、表現者が直視すべき現実―
1. かつて音楽は「出版」で価値を得ていた
2000年代まで、音楽の価値は「出版」によって成立していました。
CDやレコードを購入する行為がそのままアーティストへの対価であり、さらにラジオやテレビの放送が、聴き手と音楽を結ぶ「偶然の出会い」の場を提供していました。
例えば、深夜ラジオからヒット曲が生まれることも珍しくなく、何気なくテレビから流れてきた楽曲が新しいファン層を獲得するきっかけとなりました。リスナーは偶然耳にした音楽に感情を揺さぶられ、「好き」「嫌い」という個人的な評価を通して音楽文化に参加していたのです。
ライブハウスもまた、インディーズ音楽の重要な「校閲空間」でした。そこでは多くのリスナーが同じ音楽を聴き、議論や批評を交わすことでアーティストの表現が鍛えられ、音楽文化全体の質を押し上げていました。
このように、かつての音楽は出版や発信の行為そのものが価値を生み、偶然性と批評性が文化を支える土台となっていました。
2. 配信時代と偶然性の喪失
しかし2025年の現在、音楽を取り巻く環境は大きく変化しました。
スマートフォンとイヤホンによる「個人的な聴取」が主流となり、アルゴリズムがリスナーの嗜好に合わせて音楽を提示します。
結果として、聴き手が接触する音楽は最初から「自分の好きなジャンル」に限定され、かつてのように思いもよらぬ偶然の出会いはほとんど失われました。さらにSNSの「いいね」や再生数といった指標が価値を決めるため、音楽が「聴かれる」よりも「拡散される」ことに重点が置かれています。
その構造は、アーティストが自らの作品を深めることよりも、「短時間で注目を集める」ことを優先させる方向に働いてしまいます。音楽の文化的・芸術的評価は、数字の前に押しやられているのです。
3. ストリーミングと出版文化の崩壊
音楽出版文化の崩壊を象徴するのが、ストリーミング時代の収益構造です。
かつては1枚のCDを購入すれば数千円がアーティストの収入につながりました。しかし、現在は1再生あたりの収益がごくわずかであり、数百万回の再生を得ても生活を支えるのは困難です。
そのため、多くのアーティストは「再生数を稼ぐこと」を目的化せざるを得なくなり、長い時間をかけて完成度を高める作品よりも、短いフレーズやリズムで瞬間的に注目を得る楽曲が優先される傾向が強まっています。
かつて「出版=価値」だった構造は完全に崩壊し、音楽は「消費されるデータ」として扱われる時代に突入しました。
4. TikTokとAI音楽がもたらした「断片化」
近年の音楽文化をさらに変化させたのは、短尺動画とAIです。
TikTokなどのSNSでは「楽曲全体」ではなく「一瞬の盛り上がり」が切り取られ、再生回数を稼ぐ手段として利用されます。これにより音楽は「聴き通す」対象ではなく、「映像の背景」や「一時的な演出」にすぎない位置づけになりつつあります。
また、AIによる自動作曲は、膨大な数の「似たような楽曲」を量産することを可能にしました。結果として、音楽はますます均質化し、表現としての差異や独自性を見出すのが難しくなっています。
ここには「音楽の断片化」という現象があり、文化的な深みや文脈を伴わない「消費される断片」としての音楽が主流化しているのです。
5. 音楽はどこで価値を持つのか
それでは、出版文化が崩壊した後の時代において、音楽はどこで価値を持つのでしょうか。
答えは「関係性」にあります。
現代において、音楽作品そのものが直接大きな収益を生むことは難しくなりました。しかしライブにおける体験、ファンとの交流、作品の背後にある物語や活動の意義は、依然として強い価値を持ち続けています。
例えば、あるアーティストがなぜ歌うのか、どのような背景を抱えて音楽に向き合っているのか――そうした文脈に触れることで、聴き手は単なるデータではなく「人間の表現」として音楽を受け取ります。
音楽は出版という仕組みの外でも、「人と人との関係性」「場を共有する体験」の中で新たな価値を獲得しているのです。
6. 表現者が直視すべき現実
2025年に音楽表現者が直視しなければならない現実は、次の3点に集約されます。
-
作品を発表するだけでは価値は生まれにくい
公開する行為そのものが対価を生んでいた時代は終わりました。作品は文脈や関係性の中で初めて意味を持ちます。 -
批評や偶然の出会いが失われている
アルゴリズムと閉じられた嗜好の中では、他者の批評が入り込む余地がありません。音楽文化の厚みをどう再構築するかが課題です。 -
存在理由を語る必要がある
「なぜ歌うのか」「なぜ音楽を作るのか」を社会に対して言葉にすること。これが作品の評価やファンとの関係性を支える鍵となります。
7. 神宮前レコーディングスタジオから
当スタジオは、単に音を録る場所ではなく、アーティストが自身の存在理由や表現の背景を言葉にし、形にする場でありたいと考えています。
威圧でも放任でもなく、「沈黙させない環境」を提供すること。それが2025年における制作現場の最も重要な役割であり、音楽文化を次の世代へとつなぐための条件だと信じています。
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まとめ
音楽出版文化はすでに崩壊しました。
しかし、音楽そのものが価値を失ったわけではありません。むしろ今求められているのは、作品の背後にある物語や、アーティストとリスナーが共有する「関係性」こそが新しい価値を生むという認識です。
2025年の音楽表現者が直視すべき現実は、出版文化に依存せず、自らの存在理由を問い直し、言葉にし、聴き手と関係性を築いていくこと。その覚悟こそが、音楽を未来へとつなぐ道筋となるのではないでしょうか。

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