見えない存在の危機──文化の屋台骨をどう守るか
はじめに
舞台の魔法は、目に見えない手によって創られています。客席から見えるのは俳優や照明の輝きですが、その背後には黒子や舞台監督、音響や照明のスタッフがいます。彼らの働きがあって初めて幕が上がり、演劇や音楽が成立します。しかし、2025年の今、この「見えない存在」が世界的に減りつつある現実があります。舞台の裏方を志す若者は減少し、同様にレコーディングスタジオでもアシスタントエンジニアの不足が深刻になっています。
なぜこのような状況が起きているのでしょうか。
社会的背景と文化的潮流
SNSや動画配信が普及したことで、自分が直接表に立ち発信できる時代になりました。評価や承認を得るのは「見える仕事」のほうが速く、効率的です。その結果、文化を支える「見えない仕事」は敬遠されがちになっています。さらに、過酷な労働環境や低賃金といった問題も背景にあります。これらは制度や仕組みを改善することで対応できる部分ですが、同時に「表舞台に立ちたい」という文化的な流れそのものには抗えない面もあります。
それでも残る人間の役割
では、このまま裏方がいなくなってしまうのでしょうか。答えは「いいえ」です。舞台に立つ役者の一瞬の間合い、歌い手の声の揺らぎ、観客の反応に応じて変わる照明や音響。これらはすべて、人間の感覚に依存しています。録音の現場でも同じです。マイク前での緊張、呼吸のリズム、失敗や偶然の表情。そうした「人間らしさ」を含んだ瞬間こそが有機的な音楽を形作っていきます。
AIや自動化が進んでも、この部分は決して代替できません。裏方の存在は「見えない労働者」ではなく「文化の守り手」であり、その役割を再定義する必要があります。
神宮前レコーディングスタジオの視点
私たち神宮前レコーディングスタジオでも、この問題を日々実感しています。録音で残したいのは、整った音ではなく、その人自身が抱える揺らぎや迷いです。エンジニアやアシスタントの存在は、その瞬間を未来に渡すための媒介であり、文化の証人です。結論
裏方が減少している現状は確かに危機ですが、同時に大きな再定義の機会でもあります。文化を支える人々を社会全体で「守り手」として認識し直すことが求められています。
問いの答えはまだ見つかっていません。けれど、一つだけ確かなことがあります。文化の屋台骨は、いつの時代も、やはり人間が守っていくのです。

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